2006年07月12日

【「なりたい自分像」〜夢は実現に向けての柱〜♪】

こんにちは☆

さつきです。


 ▼すみません、再び再更新になります。
 文章内容で、訂正があります。

 「エジソン」は小学校3年までしか
 学校に行っていません。

     ↓ ↓ ↓

 「 エジソン」は、3ヶ月しか
 学校へは行っていません。

 ※たびたび訂正、すみません。
 気をつけたいと思います。


 【以下、本文です。。。】 


 ※肩こりが酷いです!
 いつからこうなのかなぁ〜って考えます。
 一年ほど前に、職場で急激な背中の痛みを
 訴えて、それから、マッサージに通いましたが
 一時的な緩和はあっても、やはり慢性化
 しているので、どうも「しぶとい」ようです。

 まあ、そこに注意が働くと、よけいに
 不快感を感じるので、意識を逸らそうと
 今、パソコンに向かっておりますが、、。


 ▲こんな人がいたという話を聞きます。

 ある弟子の1人が、
 お釈迦さまの
 お話を聞いていたときに、
 「背中の手術をしました」。
 それは、
 「話を聞いているときに手術をしなさい」
 そうすれば、気がつかないから。。
 そう、お釈迦さまに言われたからです。

 本当にそう、気づかなかったのです。
 それだけ、集中力が凄い
人だったのですね。
 また、話されるお釈迦さまの、
 話に、それほどの力があったという
 ことでしょう。

 麻酔もない時代、手術をするのは
 大変な痛みを伴います。

 しかし、それほど真剣に話を聞いた
 おかげで、背中にメスを入れても
 全く気づかない。。

 そんな人が、昔はいたのですねぇ。。

 しかしながら、「話を聞く」ということは
 大変に難しいことです。

 「聞けているようで、聞けてない」
 これが、人間ではないでしょうか?

 意図するところと、全くかけはなれて
 いるどころか、相手そっちのけで
 ”自分の話”しかしない人さえいます。

 (まあ、私もあまり人のことは言えませんが。。)

 私の母は、左耳が、ほぼ完全なくらい
 聞こえません。
 右の耳もそんなに、聞こえてはいない
 でしょう。

 かくして、電話のむこうでは、
 前置きもなく、
 いきなり話だし、
 朝から夜までのこと、
 全部話し終えないと
 気がすまない。。。母。

 (大根1本の値段や、安売りだった話、
 弟夫婦の車があるか無いかの確認、
 夕飯の支度、すべて詳細に
 話して聞かせて?くれます。)

 「自分の姿が見えない」

 これほど、悲しいことはないと
 思います。

 私の母の場合、障害者だから、
 私も周りの人も、
 仕方ないと、
 (半分諦めで聞いていますが)
 これを、いやおうなく、
 状況がまるで見えないで、
 いや、「見ようとしないで」、
 朝から、晩まで、「家族の自慢話」
 をする人を実は知っています。

 でも、私は思うんです。

 そういう人もかわいそうだな〜って。。

 でも、どうやって知らせてあげれば
 いいか、わからなかった。。

 誉めれば、更に言うし、
 少し示唆を示すと、
 その日に同僚に
 「泣いて訴える」
 
 私も、どうにかなりそうだったし。。

 どうにもならなかったですねぇ。

 「なにがいつ、狂ってしまったか?」

 考えてもどうにもならない、
 迷路にはまってしまっていました。。

 だから、3年間働いたその職場も
 やはり、また辞めてしまいました。

 結局、続かない、(水が合わない)
 ことを、いつまでも(同じように)
 繰り返していても、(日々同じ事の)
 繰り返し。。

 そう思ったら、
 仕事をするのが、
 空しくなってくる。

 自分て、なんのために
 生まれてきたのかな?
 仕事するために生まれて
 きたのかな?

 結局、いつもそこにいきつく
 んです。。

 勉強もそうだった。

 今日、お会いした方から
 聞いたお話なんですが、
 
 「子供たちには、もっとそれぞれの
 可能性を発見して、
 引き伸ばしてあげる
 ことをしなきゃぁ、いけない」

 そう言われました。

 私は、”素晴らしい考え方”!!
 
 感動しました!

 私も、常々思っていました。

 個性や、能力の違う人間を
 画一的に型にはめてしまう
 日本の教育とは一体どういった
 ものだろう?

 この進化の早い時代において
 400年間、寺子屋形式の
 教育形態が全く変わって
 いないのです。

 ※ここで、ある症状の子供たちの
 ことを、ご紹介したいと思います。



 【ディスレクシア】

 ディスレクシアという症状を
 ご存知でしょうか?

 『怠けてなんかない!』
 品川裕香 著 という本を読んで、
 知りました。

 ディスレクシアという症状は
 〜読む、書く、記憶するのが困難な
 LDの子供たちのことです。

 私も、子供の頃から、勉強に対して
 非常に無気力状態に陥り、
 記憶力がことに悪く、
 いつも「バカ!」と言われて
 いたので、この本を読んだときは
 とても、人事とは思えませんでした。

 けれど、この本に書かれてあることは
 とても、普通に記憶が弱い、などと
 言えるものではありませんでした。

 ディスクレシアの子供は文字を見れば
 文字が二重にだぶって見える、
 文字がひっくりかえって見える、
 文字がゆがんで見える、
 まるで、老眼のように文字がぼやける、
 一部の文字が動いるように見える。

 なのに、先生からは、
 「そんな簡単な文字も読めないのか!」
 「なまけてないで、ちゃんとやれ!」
 と、叱咤されるのです。

 これは、本人さえも、気づかない
 で、自分はバカなのだと攻め立てて
 苦しんでいるという現実があるのです。
 実は知的能力にも、
 視覚にも、聴覚にもなんともないのに
 ただ、読み書き、記憶が普通の
 子供のようにできないのです。

 
 まさか、本人もそういう
 機能障害なのだと
 知らないで過ごすため、
 40歳を過ぎて気づいた
 という人も、中にはいるくらいです。

 しかし、読み書きができない
 ということは、大変な困難な
 日々を送ることになります。

 でも、その人達は、
 周りから責められるたびに
 「自分はバカなんだ」と
 思い込んでいるのです。

 努力した結果
 どうにもならないと、
 自殺を計る人もいます。

 

 私のブログ仲間の人が
 コメントに、とても意義のあるコメントを
 くださいました。

 「地球環境が破壊され、アレルギー、心の病
 の増えるこの現在において、そういった
 なんらかの”障害”を持った人達は
 この崩壊に向かう”地球への使者”かも
 しれない」

 こんな風にコメントにありました。

 けれど、私が気づいてきたことは
 まだまだ、ほんの氷山の一角に過ぎない。
 そう思います。

 この、”一己の人間”の、できることは
 なんなのか?

「 エジソン」は、3ヶ月しか
 学校へは行っていません。
 けれど、あのような歴史に残る
 偉大な、結果を残したのです。

 ある人が「エジソン」に質問しました。
 「もし、電球を発明していなかったら
 どうしましたか?」

 「エジソン」は答えました。

 「発明するまでやったさ」


 人一人のできることは、
 可能性は、
 無限大なんだ。

 そう思わされることに
 これからも、
 勇気をもらって、
 前を向いて歩いていきたい。
 
 そう思います。



 
 <ガンジス河に流るる水の音が

         太古の流れを運んでくれる>



 <美しい歴史の流れを

        川もが、紡ぎだしている>

 

 <砂の数ほどの宝石を

          運んでくれる

            それは奇跡なんかじゃない>


 
 
ディスレクシア(ちなみに、俳優のトム・クルーズも
          ディスレクシアだったということが
          書かれてあります)
    ↓
 http://ja.wikipedia.org/wiki/


この記事へのコメント
こんにちは。バトンです。よろしかったら、どうぞ。ディスレクシアって、かわいそうでフシギな病気なんですね。子供達がかわいそうですね。


<ルール>
◆廻してくれた人から貰った『指定』を『』の中に入れて答える事。
◆また、廻す時、その人に指定する事
◆最近思う『善意』
◆この『善意』には感動!!!!
◆直感的『善意』
◆好きな『善意』
◆嫌いな『善意』
◆この世に『善意』がなかったら(いなかったら)・・・
◆次にまわす5名とお題
Posted by のんたろう at 2006年07月12日 16:35
追伸

ご面倒ならば無視して下さってもかまいませんからね。

では。
Posted by のんたろう at 2006年07月13日 00:32
こんにちは☆

のんたろうさんへ。
コメントどうもありがとうございました。
のんたろうさんの「善意」は、
ありがたく受け取らせていただきます。
また、来てくださいね(^^;
Posted by さつき at 2006年07月13日 10:43
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