2013年08月09日

アスペルガーな母。

こんにちは☆

統合失調症の、一主婦です。
この病気は全国どこでも、100人〜130人に
一人の割合で、発症している心の病です。

6月11日のブログに書いた、
今のわたしのおもいをここにあげておきます。
「ふつうに生きること」
そして「母のように生きること」。
「母のように、自分のまんま生きること」
母が聞いたら驚くこと。
母は、わたしがずっと母を避けていたこと
感じていたとおもうから。。
幸せに生きてゆきます。

【アスペルガーな母。】

さいきん、発達障害やアスペルガー障害(症候群)などの
症状についての本をよく読むようになりました。

私自身もそうではないだろうか?
と懸念しているところがあり、、、。

あと、母はアスペルガー障害の症状に
よく似ています。

昔から、母のこと、あけすけない性格だなあとは
思っていましたが、母は、ほんとう周りが
毎回驚いて止めようとするのですが
止まらない症状があります。

それは誰の目の前でも「デブ!」とか
「バカ!」とか言うことです。

あとは人からの贈り物を
値踏みしたり「3000円くらいやな〜」とか。
さすがにこれはいただいたあと一人で言っていますが。。

その行動にみんな周りはあきれるのですが、
母事態は全く自分の言っていることにたいして
悪びれた様子は無いのです。

それが子供の目から見ても、
非常に「純真」と見えます。かわいい

でも、大人たちから見ると、
母は(単なる、考えの無い大人)という
ことで、周りから相手にされません。

わたしはそれが悲しくて、悲しくて、
いつも食事会の時も、母一人、
みんなの仲間に入れず、ぽつりと
子守なんかしているのを見ると
かわいそうで。。

いま分かるのは、母は母なりに
考えて生きてきたと思えることです。

もし、母がアスペルガーだとして
(今となっては証明できないと思うのですが)、
そうだとしたら、幼いころ、母のこと
悪く思ってきたことが申し訳なくて。。

アスペルガーだとしたら、子育ては
通常の人より苦労したと思います。

アスペルガーの人は人間関係が分からないのです。
あと想像力もありません。
だから大変困難だったと思います。

人が聞けば悪い言葉でも、自分自身は
悪いことを言っているとはわからず、
むしろ正直に見たまんまを言っているのに
何が悪いのか?わからないのです。

理解できないのです。

それは幼いころより「療育(りょういく)」と
いうものを受けてくれば多少は変わったかも?
しれません。
でも母の時代、ましてや片田舎の農家の
兄弟の多い、貧乏な家の
娘だったので気づかれることも
難しかったのではないだろうか?と思います。

母だけが悪いのではなく、
周りもそれなりに、気遣って接してはきましたが
子供のころに、指摘、攻撃されなかったか?
は疑問です。

それらによって大変に傷つくからです。たらーっ(汗)

そうすると治りは遅いばかりか、
よけいにひどくなる可能性もあります。

母は私を育てている段階からも
癇癪(かんしゃく)持ちでした。

わたしは、ただただ母が怒り狂っている
としか受け取れず、母を憎みました。

わたしが憎くて怒っているのだと
思い込みました。

でも、もし母がアスペルガーだとしたら、
今の私は母に対して、とても感謝をしています。

困難な中、私を産み、育ててくれたこと
今では、とても、ありがたいと思っています。

だからこそ、母のような困難な
出産、養育をされている方のできれば
少しでも力になりたいし、また
私のような育ち方をした方の手助けにもなりたいと
思っています。かわいい

自分自身は、今何ができるか?
まだまだ分かっていないですが、
自分のできることからやる。という
今の姿勢は、この数年間で培った考えであり、
小さなことからでも、一つ一つやっていけば
必ず自分の望みを叶えられると
今は信じて生きています。

結果、できること、できたことが
大事なのではなく、そこを目指すことに、
意味があると、また考えています。

だから失敗してもかまわない。
損してもかまわない。

ただ夢に向かいたい。

そういう思いでいます。

それでも追い続けるのが本当の夢、
ではないかと、私自身は思っています。

叶うことが問題なのではない。

いかにそこに向かったか。
思いを掛けたか。
そのことのほうが最も大事だと思っています。

そのために周りに迷惑、心配やらかけることに
なるかもしれない。

それでも、理解を求めながら話していきながら
私自身の幼いころより抱いていた夢を
実現したい。

その思いです。

幼いころは公務員家族で、周りからは
何不自由ない暮らしと思われて育ってきました。
しかし内情は苦しい現実がありました。

結婚してからもそうです。

家があり、優しい主人と愛犬との暮らしを
誰もが羨み、苦しいことなど無いのだろう、
と周りからは思われていました。
その実、私自身は一人苦悩に打ち震えていました。

いくら顔じゅう口にして話しても
病気のことや、私自身のことを理解して
もらえない現実はありました。

あるとき、話すことを止め、行動に出ることを
決意しました。

最初からやらなくて諦めたのではなく、
やってダメだったから方向転換をしたのです。

やってやって、とことんやって
駄目だったら違う方法を取る。

今ではこれが私のやり方となりました。

精一杯ギリギリまでやるから
答えが出るのです。
それ以上できないとこまでやるから
違う方法が見つかるのです。

話長くなりました。

夜更けに、ごめんなさい。ぴかぴか(新しい)

また、おやすみ☆





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