2013年11月03日

自分の限界値とは?

こんにちは☆

統合失調症の、一主婦です。
この病気は全国どこでも、100人〜130人に
一人の割合で、発症している心の病です。

6月11日のブログに書いた、
今のわたしのおもいをここにあげておきます。
「ふつうに生きること」
そして「母のように生きること」。
「母のように、自分のまんま生きること」
母が聞いたら驚くこと。
母は、わたしがずっと母を避けていたこと
感じていたとおもうから。。
幸せに生きてゆきます。

【自分の限界値とは?】

私は、過去は自分の限界値の分からない人でした。

限界を超えてやる、ことが多々ありました。

それも、今は、限界値が分かるようになり、
ある程度エネルギーの出し方も限度を超えて
するようなことも少なくなってきました。

このことから、思うことに、やはり
一つは経験だな、と思うものです。かわいい

限界値の分かっている人は割に少ない
というようなことを本に書かれてあるのを
一度読んだことがありますが、
ああ、そうだなと思いました。

なぜなら、私もやってみて分かりましたが、
自らの出せる力を出し切り、
精一杯ギリギリのところまでやる、
ということは、なかなかできない
やらないことではないかな思います。

物事の終わりというのも見えてきました。
今までは未練たらたら、だらだら、だらだら
やっていましたが、

終わりにすることも終わりにできず
見切りをつけられず、かと思えば
大根を切るかのごとく、「ばしっ!」
と物事を切ってしまったり、と。
その辺も、まったく分からない人でした。もうやだ〜(悲しい顔)

しかし、保育の仕事(すでに転職8つ目)に
就いて半年間勤めて、「もう限界!」
となったときに、とどめで肺炎になり、
それでも物事は終わりにならなかったと
いう出来事から、ああ、これが自分の精一杯だったんだな
と後で気がつきました。がく〜(落胆した顔)

仕事は就くときも大変なら辞めるときも
大変です。
健常者の人はそんなでもないのかも?
しれませんが。
私には分かりません。

今までが「けじめ」のつけられない人だったから
こそ、なおのこと、最後の保育の仕事に
就いたときに「けじめ」というテーマが
自分にやってきたのかな?とも
後で考えると思います。

自分が終わりと感じているところが
ほんとうに終わりか?というと
まだ相手は終わっていないということも
往々にしてあり、相手が納得して
初めて終わりになるのだなと今回の
保育の仕事を辞めるときにすごく
感じたことでした。かわいい

保育を辞めるとき事情で(私の肺炎など
いろいろなことが重なり)、
出来事が2転、3転するという事が
起こりました。あせあせ(飛び散る汗)

これは!?と唸りました。さすがに・・。たらーっ(汗)

しかし、相手方もそうでしょうが、
私も目いっぱいのことをやり、
保育の仕事を終えられたときは、
ああ、終わりとは、こういうことを言うのか、
物事のけじめとはこういうことを言うのだな、
とすごく実感したものです。手(グー)

今やっていることを変わるとか、
転職するということは半端なことではなく、
私は今まで軽々と8つも職を変わってきたのでしたが、
そんな本来は簡単なことではなかったのだな
と責任の重い仕事に就いてみて、
はじめて実感したというわけでした。

こういう風に、あった出来事を振り返ると
頭の整理にもなります。

日記は好きで結婚してからも10年間
書いてきましたが、そしてこのブログは
もうそろそろ8年になろうとしています。たしか・・。

私は頭の中のことを紙に書き出すのが
殊に好きです。黒ハート
そうするとよく把握できて、頭もすっきりします。ダッシュ(走り出すさま)

むしろ紙に書き出さないではいられません。
そして、そうしないと、どんどん忘れていきます。たらーっ(汗)
紙に書き出しておけば忘れても、また
思いだし同じことを繰り返し書いています。
(昔のノートなど読み返すと今と同じことを
やはり書いていたり、)
それは、よっぽど気になっていることなんだなと
自分でも思います。
そして何度も書き出しているのです。
それが、数年ごとに繰り返されて、
そして形になるのです。晴れ
やっとやっとです。ダッシュ(走り出すさま)

でも自分の中でそういうことを繰り返している
うちに一つのパターンが見えてきて目
ああ、これだけ気にしてノートに毎回書くくらいだから
いつかできるようになるな、ひらめき
と思えるようになってきました。

片づけとか、金銭的なこともそうです。
毎回気にしてノートに書き出しています。
王貞治方式(自分を鼓舞する)←(勇気づける)
というのは昔から無意識のうちにしていて
そのころのノートを見ると今の比でないくらいに
「がんばれ!」とか「やるんだ!!」とか
非常にたくさん書いています。ペン

ようするに自分で自分のお尻を叩いていた。
誰も叩いてくれないから(周りじゅうことなかれ主義)
だったので、内心は、ほんとうは指摘魔でしたが
抑えて、変わりに自分を叩いていました。どんっ(衝撃)

自分を律するなんて言うと聞こえはいいですが、
完璧主義者だったし、できないと嫌だったんですね。
でも、実際はできない人でした。
それに気づくにも40年以上かかりました。ふらふら

話が長くなり、また内容が二つくらい
出てきたので、今日はこの辺で・・。

ではまたあ!
この記事へのコメント
五月さん お元気ですか?

仕事にしても何にしても
始まりと終わりはエネルギーを使います
たとえば結婚にしてもそう
結婚式を挙げ結婚するまではそりゃ〜大変!
離婚は結婚の何十倍ものエネルギーを使うと思います

健常者?・・・だれも軽々と越せることは少ないと思いますよ〜

私も毎日反省の山です
ぼちぼちがんばりましょう
Posted by satsuki at 2013年11月06日 13:25
そうですよね。

みなさん大変なことには違いないですよね。

結婚も人生の大イベントですね。
私は、結婚の際は、落ちてしまい、あえなく入院せざるをえなかったです。たしかにエネルギーつかいます。式挙げるのもキャンセルしました。前撮り段階で、没落でした。。

また料理など参考にさせてくださ〜い(^^;
Posted by satsukiさんへ:さつき at 2013年11月07日 17:05
こんにちは、さつきさん。

私は、今年自分の限界値をはじめて超えた時間の連続でした。

でも・・・過ぎてしまえば、何とかなるものでもあるのかな。



精神的、もっと厳しいのは経済面??

でも、健康さえあれば明るく当たり前の毎日が過ごせることを

病身の親に、そして何より息子に教えてもらったことが宝物なのかもしれません。

さつきさんとも、随分長いお付き合いですよね。

ありがとうございます。
Posted by セカンドキッチン at 2013年11月14日 23:27
こんにちは。

おっしゃるとおり。健康なら、なんだってできるし、まず健康は基本で、でないと、なにもやる気も起きないです。。

そうですよね。当たり前と思っていることが目の前で崩れていく衝撃て、たとえようがないショックですよね。。

たしかに私も昔はあんなに恨んだ自分の病気のこと今では、大切な宝物と思っています。いろんなことを教えてくれた、この病気に本当に感謝しています。

病気にならなければ今の主人と巡り合い結婚しなかっただろう、病気にならなければ、この今の地に来て、今出会っている素晴らしい方たちとの語らいは無かったであろう、等、たくさんです。

逆境は、実は素晴らしい人生のギフトなのです。でも要はそれを自分がどう受け取るか、大事なのは受け取り方なんだと思います。

受け取り方一つで、人はいくらでも様変わりできるのだと、私自身は感じています。

こちらこそ、ありがとうございます(^^;
Posted by セカンドキッチンさんへ:さつき at 2013年11月16日 08:47
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